ついに桜が咲きましたね。寒くてしんどいなぁなんて思った日もありましたが、ちゃんと春はくるんですね。
今日は、先日気が付いたことについて、お話しようかなと思います。
否定・批判・ジャッジは、「知らないこと」からくるのかもしれない、というお話です。
「知らないこと」が、わだかまりを生む
あの人たちは、本当に“悪い”のか
先日のブログに、クジラと泳ぐ「ホエールスイム」に行ってきたお話を書きました。そこでのお話です。
ホエールスイムは野生のクジラに会いに行きます。
お互い普通に生活していたら、遭遇しえないはずの生き物に会いに行くわけなので、クジラに少しでも負担がないように、地元の関連業者が主となって、ルールが設けられているんですね。
「一度に大量の船で囲まない」とか「追いかけない、近づかない」などですね。船も個人もルールを守ります。
しかし、先日のホエールスイム。1隻、ルールを守らない船(業者)がいたんです。
参加者はどうやら、海外からきた人たちばかりのようでしたが、真面目にルールを守っている私たちにとっては、彼らのせいで とても見づらくて。こちらの船では、海から上がるなり「なんなのあの人たち!あれルール違反じゃないの?」と不満大爆発だったんです。
そして「あの黒いフィンの人が本当に邪魔だった」「シルバーのウェットスーツの人も、あの装備って禁止なんじゃないの?」と、不満は、具体的な参加者 個人に向いていきました。
近くで話を聞きながら、私も「確かにその人邪魔だったな」なんて思っていたんです。
ところが、その日の帰り、船のスタッフさん同士が「○○さんのところの船(仲良しの船)、なんでクジラいるの知らせたのに来なかったの」「あそこは、あの船が嫌いだからさ」と話しているのが聞こえてきたんです。
そこで「あれ?」と思ったんです。
私たち参加者がクジラをみに行くのって、せいぜい数日、長くても一週間くらいなんです。数日たてば 参加者の顔ぶれは変わるわけです。
そのなかで「今日のツアー参加者のマナーが悪かった」のではなくて、「船自体が 同業者の中で嫌われている」ということは、“参加者の顔ぶれが違うのに 行動が同じ” ということだよな?と。
“参加者の顔ぶれが違うのに 行動が同じ” ということは、もしかしたら、船側がきちんとルールを説明していない可能性もあるんじゃない?と思ったのです。参加者に非があるのではなくて。
今日の参加者の、黒いフィンの人や シルバーのウェットスーツの人がわるいのではなくて、もしかしたら彼らは、ルールを知らされていなかっただけなのでは?持ってきていいもの 悪いもの、やっていいこと ダメなこと。きちんと説明されていなかったのかもしれない。
私たちが きちんとルールを教えてもらい、さらには事前に、静かに泳ぐ練習までさせてもらえていたのは、本当にたまたま、クジラとの共存に真摯に向き合う、良いダイビングショップや、良い現地のショップに出会えていたから。
だけど、何も教えてもらっていなかったら、どうだっただろう?と思ったのです。はじめて参加したのが、あの船だったら?あの船しか知らなかったら?
そうしたら、彼らと同じ行動をとらなかった とは断言できないな…と思ったのです。持ってきていいもの 悪いもの、やっていいこと ダメなこと、わからなかったかもしれないなって。自分だって、いつものダイビング器材を持ってきて、ばえる動画をとるため&人間を写りこませないために、どんどん前に出てしまったかもしれないよな、と。
それに、その船も「きちんとルールを説明 “していない” 」のではなくて、「ルールを説明 “できていない” 」という可能性もあるよなと思ったんです。世界各国から 参加者がきているのだとしたら、そもそも英語が通じないかもしれないし、それぞれの言語で説明したり 指示したりするのだって難しいよな… と。
実際はどうなのかは分からないけれど、私たちは、彼らがどういう経緯でマナー違反をしたのか「知らない」から、「何あの人たち、ルールも守らないで」って、私たちの視点で判断したんですよね。
それぞれの「当たり前」
そこでひとつ、昔みて印象的だった話を思い出したんです。
その動画は、海外に住む日本人の方が、現地でのあれこれを発信しているものだったのですが、“海外で日本人が嫌がられる場面がある”という内容でした。
ごみを拾ったり持ち帰ったり、きちんと列に並んだり。比較的どこでも評判がいい日本人ですが、ひとつ、現地の人から「あー、日本人か」と思われる場面があるよ、と。
それは “チップ” について。
ご存じの方も多いかとは思いますが、念のため説明しておくと、チップとは、「良いサービスをうけたことに対する感謝の気持ちとして、メインの料金とは別に、追加で渡す追加料金のこと」です。
ホテルやレストランで、
- 荷物を運んでもらったとき
- 笑顔でにこやかに 気持ちのいい接客をしてもらったとき
- 連泊しているホテルで、ベッドメイキングをしてもらったとき
などに、追加でお金を渡すシステムのことです。
… 多分、多くの日本人の方は、これを読んで「え、それ、追加でお金払うものなの?当たり前じゃない?」と思う方が多いのではないでしょうか。
それもそのはず。日本にはチップ文化がありません。
これらのサービスは、いわば本料金の中に含まれています。ホテルマンが部屋まで荷物を運んでくれることも、にこやかに接客してもらうことも、サービスに含まれています。いってみれば「すべて込み込みパック」です。
だから、店員さんが不愛想で不機嫌そうだったことがクレームになる、なんてことがありますよね。
しかしチップのある国は考え方が違います。国によって程度はあれど「基本は最低限、あとはオプション」なのです。
極端な話、店員として勤務に入っているのが最低限。オーダーをとる、持ってくる、丁寧にメニューの説明をするなどはオプションメニューのような感覚なのです。だから、チップがないようなお店だと、店員さんが同僚と雑談しながら 片手で品物を渡してくる、なんてこともしばしば。
この両者の違いがあると何が起こるか…というと、海外で現地の人が丁寧に接客したのに、日本人観光客は 当たり前のような顔をしてチップを支払わない、ということが起きます。
そして、さらにチップを要求された時に、日本人はあまり気前よくないそうなんですね。
確かにこれは、私も現地でのツアーで経験したことがあって。
1日のツアーが終わって、最後にガイドさんが「バスガイドさんやスタッフにチップをお願いします、目安はだいたい、参加者一人あたり 料金の10%くらいです。」と言った時、約30,000円くらいのツアーだったので「え、一人3,000円…?」というような声が 車内でヒソヒソと あがりました。
結局、最初のほうの人たちは、言われた通り3,000円ほどカゴに入れていましたが、途中で「すみません、現金あまり持ってきてなくて」と言った人がいたんです。
それに対して、ガイドさんが「払える分でいいですよ、気持ちですからね」と返してから後の人たちは、二人で1,500円とか、二人で150円とか。「何に対してのお金なの、すでに30,000円払っているのに」といった感じが ありありと表れていました。
かくいう私も、最初のほうだったし、最高なツアーだったので3,000円お渡ししていましたが、「えぇ…それでもよかったなら、お土産代に使いたかったなぁ…」なんて、正直 思ってしまいました…。
ただ、どうやら、チップがある国では、「チップの収入を見込んでいるから、基本のお給料が低い」なんてケースも多いんですって。すなわち、国によってはチップは「ただのありがとうの気持ち」というより むしろ重要な収入源である場合もあるそうなんです。
だから、海外の人にとっては「サービスを受けるだけ受けて、支払うべきものを支払わないなんて、なんて失礼なんだろう」って感じる方もいるみたいなんです。それで、接客する時に「あー、日本人か…。じゃあチップの収入は見込めないなぁ」というような感覚になる人もいるという話だったんですね。
「知らないだけ」 だったのかもしれない
でもね、ここで何が言いたいのかというと、「失礼だよねー、気をつけよ?」って話がしたいのではなくて。
お互いの文化のスタンダードを「知らないこと」が、両者のあいだに わだかまりを生んでしまっているよね、ということが言いたかったんです。
日本人の方だったら、分かると思うんですよね。
「30,000円のツアーか。まぁ1日がかりのツアーだし妥当かな。」と思って申し込んだら、「さらに3,000円必要ですよ」と言われた時に、「あ、そうなんだ…。つまり33,000円だったのね…。」と思う気持ちも、「ツアー料金のほかに、まだ払わないといけないんだ」と思う気持ちも。
しかも 実際のところ、海外の人も、別に 丁寧でにこやかな対応ではなかったりするんですよね。彼らにとっては、チップはもらえて当たり前の世界なので。真顔のまま機械的に「チップいくらにする?」って聞いてきたりね。
日本の丁寧な接客に慣れていると、「この接客に対して なぜお金を払わないといけないのか…」という気持ちになることも あるのかなと思うんです。
一方で、チップのある国の人の感覚も 想像できなくはないかなと思うんです。
もし日本で、消費税や手数料を払わないまま「ありがとうございました~」って終わらせる人がいたら、「えぇ…いや、足りてないんだけど…。どういう神経してるのよ」って思う、みたいな感覚なのかな、と。
でも、日本人の「チップが必要だという感覚がない」ということや、「追加で払わないといけないんだ」と “感じる” こと(実際どういう行動をとったか、ではなく、自然に浮かんだ思考、という意味ね)って、悪意があってのことではないですよね。
単に、その文化を知らないだけ、慣れていないだけ。
そして海外の人が、「なんて非常識なの、この人たち」と “感じる” ことも、こころが狭いとか 怒りっぽいというわけではないですよね。単に、チップがない国の感覚を知らないだけ。
だからね、クジラで出会ったあの船の彼らも、もしかしたらルールを破ってやろうと思って 破ったのではないのかもしれないなって、思ったんです。私たちが海外でチップを渡すのを忘れた、みたいな、そんな感覚だったのかもしれないな、と。
「やったー!クジラだー!はるばる日本まで来てよかった!最高!やばい、ちょー感動!」って思っていただけだったのかもしれないな…って思ったら、モヤモヤはすうーっと解けていきました。
相手がなぜ、そういう言動をとったのか。「知らない」と、どうしても自分の物差し・視点・感覚で、否定・批判・ジャッジしてしまうよな、と。
だからと言って、全てのケースにおいて、「相手がなぜ、そうしたのか」を正確に知ることは難しいのも分かります。
でも、「もしかしたら相手にも、自分が知らないような理由があるのかもしれないな」って思ってみようとすること、「知ろうとしてみること」はできるかなって思うんです。
「自分以外のことを完全に知る」なんてできない。
その「知らないこと」によって、自分の物差しで測ってしまうんだな、と知っているだけで、人を否定・批判・ジャッジしそうになった時に、少し踏みとどまることが できるんじゃないかなって思うんです。
相手を悪者だと決めつけてかかるのではなくて、相手は本当は純粋な良い人だけど、なにか理由があっての この言動なのかもしれないな、自分も この人と全く同じ立場だったら 同じことをしていたかもしれないなって、
相手を信じ、赦し、まるっと包み込めるような 懐の深い人間になりたいなと思ったのでした。

