【本の紹介】生きよう今日も喜んで~喜ぶということ~

私は本を読むことも好きです。

本って、ちょっとやそっと学んだ程度では書くことは難しいと思うんです。本って、たいてい誰かが人生かけてやってきたことが本になっていますよね。
数千円で誰かの人生のエッセンスに触れることができるって、すごいことだなと思うんです。

そんなわけで、本を読んで思ったことなど、シェアしていけたらいいなと思っています。読みながら、気に入った個所をぽつぽつと紹介していくので、発信頻度は不明ですが…!


平澤興語録 「生きよう今日も喜んで」致知出版社

生きよう今日も喜んで

今 読んでいる本はこちらです。
致知出版社から出ている、「生きよう今日も喜んで」です。

どんな本?

こちらの本は、京都大学の総長も務めたことのある、平澤興(ひらさわこう)さんの名言を集めた語録集です。人格者で、普段の会話のひとつひとつすら人を感動させるものだったそうで、豊田良平さんという方が、平澤興さんにお会いする度、電話をする度に感銘を受けた言葉をメモしてまとめていたものを集めたのが、この本の成り立ちだそうです。

平澤興さん とは

平澤興(ひらさわこう)さんについて、簡単にご紹介していきますね。

平澤興さんは京都大学医学部を卒業後、京都大学や新潟医科大学などで助教授、教授として教鞭をとられたのち、京都大学の総長に就任。さらに住友生命の重役も務められた方、ということです。

脳神経解剖学の大家でありながら、誰もが口をそろえて「人生の師」と呼ぶような、生き方、在り方が素晴らしい方だったそうです。

「喜ぶ」ということ

まだ まえがきの段階なのですが、読んでいて目に留まったのはこちらの一節です。

喜ぶということに、最も大切なことは、物事を人よりも深く見て、ありがたいと思うことかと考えられる。世間の人々は、とかく世の中のできごとをみな当たり前だとか、平凡だなどと考えておるようだが、決してそうではなく、少し深く考えると皆ありがたいことばかりであり、不思議なことばかりなのである。

生きよう今日も喜んで P10

実はね、この本を読むのは初めてではないんです。この本はもともと、尊敬する方が愛読書として紹介していた本で、だいぶ昔に買って読んだことがあったんです。

でも、あの時は若造だったんでしょうねぇ。するするーっと通り過ぎていって、あまり印象に残らなかったんです。「まぁ確かに当たり前じゃないんだろうが…」と思った記憶があります。

でも今回、本を整理しながら ふと冒頭を読み返してビックリしたんです。こんな良いことが書いてあったのか!って。

「物事をよく見る、よく考えると凄さがわかる」

これ、最近よく思うことなんです。

例えば、目の前にある食べ物。
プラスチックのケースに入った、お惣菜の “きんぴらごぼう” があるとするじゃないですか。

ごぼうを育ててくれた人がいる
にんじんを育ててくれた人がいる
運んでくれた人がいる

商品を開発してくれた人がいる
店頭に並べてくれた人がいる
レジをうってくれた人がいる

… このくらいは想像できるかもしれません

でも、もっともっと、これらを よくよく見てみるんです

そうしたら、いろんなことが見えてくるんです

ごぼうっていつからあったんだろう?
にんじんっていつからあったんだろう?

きっと、文字もないような時代から存在していたんだよな

どんな効能があるかも、食べられるものなのかも 分からない時代に、最初に食べてみた人がいるんだよな

きっと、そんな風に昔の人は、いろんなものを食べてみたのかもしれないな

中には 命をおとした人もいるのかもしれないな

いろんな人が試してきたおかげで、今、我々は ”食べられるもの“ と ”そうでないもの“ が分かるのかもしれないよな

文字もない、動画もイラストもない時代に

どうやって、食べられることを 伝えていったんだろう

どうやって、薬効があることを 伝えていったんだろう

どうやって、栽培方法を 伝えていったんだろう

飢饉でとれない時期や、戦で 畑が荒れ果てた時代もあっただろうに、どうやって受け継いできたんだろう

誰が、この料理を思いついたんだろう

誰がそれを広めていったんだろう…

そうしたら、有史以前からの
おびただしい人、歴史に名の残っていない たくさんの人の姿がぼんやり見えてきます

そして、プラスチックの容器や ガラスのお皿、お箸も、よくよく見てみるのです

どれも、一夜にして生まれたものではないのが分かると思います

調べてみると、プラスチックの起源は今から170年ほど前だそうです。アメリカの印刷工が、プラスチックの元となるものを発明したのが起源なのだそう。

最初にプラスチックの元となるものが生まれてから、現代のプラスチックに近いものが出来上がるまで、約50年ほど。

しかし当時は安いものではなかったため、普及しなかったのだとか。

それがなぜ今、こんなに身近にあるのかというと、第二次世界大戦があったからなのですって。

第二次世界大戦によって、アルミや銅、鉄といった資源が非常に貴重になったため、それらに代わるものの研究が急務になったそうです。

その結果、プラスチックが安く生産できるようになり、戦後は利便性の高さから一気に普及し、今に至るそうな。

発明も、研究も、簡単にできるものじゃないでしょう?

元となるものを発明するまでの時間

現代のプラスチックに近いものまで仕上げる時間

安く大量に生産できるように、急ピッチで研究した時間

どれだけ多くの人が 時間を費やしたのだろう、と思うのです

研究しても、今のプラスチックを見届けることなく生涯を閉じた人も、きっとたくさんいるでしょう

プラスチックのおかげで便利になったこの世界を 見届けることなく、利便性を享受することもなく、生涯を閉じた人もたくさんいるでしょう

ガラスだってそう、ペットボトルだってそう

そして、お惣菜が売られていたスーパーもコンビニも、そこまで運んできたトラックも、道も信号も、交通ルールも。

数えきれないほど、たくさんの人が作り上げてきたものの上で、私たちは生きている。

でもきっと、ごぼうを食べてきた人も、プラスチックを研究した人も、「ごぼうやプラスチックを後世に受け継ごう」なんて 高尚な使命をもって日々過ごしていたわけではないんじゃないかなって思うんです。

ごぼうの薬効を見つけた人、プラスチックの発明に大きく関わった人、大きく貢献した人ばかりじゃないと思うんです。

きっと彼らは、世界遺産を後世にのこそう、みたいな意識じゃなくて、ただただ日々を必死で生きていただけなんじゃないかなって思うんですよね。

「だけ」っていうと聞こえがわるいかもしれないけれど。そういう失礼なニュアンスではなくてね。

私たちが普段、スーパーで買い物をする時、電車を使う時。「これを使うことで、後世にのこそう」なんて思って使わないですよね。

今日を生きるため。お腹を満たすため。仕事をしに行くため。“今” のため、自分のため。

でもきっと、私たちが日々生きるために使っているものは、自然と引き継がれて、改良されて、後世に伝わっていく。

ごぼうやにんじんや プラスチックだって、きっとそうやって、おびただしい数の人々が 毎日必死で生きてきたことで、今 我々のもとに引き継がれているのだろうなと思うのです。

きっと、その中には「名を残した有名な人」なんてほぼいなくて、地位も取り柄もない、名もなき人々ばかりだったんじゃないかなぁって思うんですよね。

歴史に残っている人がすごいんじゃない、有名な人がすごいんじゃない。

つらくても苦しくても、何もできていなくても、毎日生きている、今日も生きたってだけですごいことなんですよね、きっと。

改めてもう一回読んでみましょう。

喜ぶということに、最も大切なことは、物事を人よりも深く見て、ありがたいと思うことかと考えられる。世間の人々は、とかく世の中のできごとをみな当たり前だとか、平凡だなどと考えておるようだが、決してそうではなく、少し深く考えると皆ありがたいことばかりであり、不思議なことばかりなのである。

生きよう今日も喜んで P10

物事を深く見る…。そうしたら たくさんのことが見えてくる。

それが「喜び」なのですね。

「最近喜んだことって何?」って聞かれた時、考えるのって、何かすごいことが起きたかどうかじゃないでしょうか。

「何か貰った」とか「何かに受かった」とか。

何かすごく良いことがないと喜べないよ、喜べって言ったって無理だよ、いいことが何も起きないんだもん、って思いがちだけど、本当の喜びとは「物事をよく見たら、すぐそこにあるもの」なんですね。

どうしても、大変な時や余裕のない時って、物事をよくよく見る時間も、「ありがたい」なんて ゆっくり感じられる時間もないけれど。

1分だけでも、休憩がてら 目の前の物をよくよく見てみませんか。

この感覚が当たり前になったらきっと、何があってもなくても、ただ存在しているだけで喜びになるんじゃないかしら。

そんな風になれたら、素敵よね。

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