【旅】ハワイ旅|ありがたい身体

最近は、思いがけず「本当の自分につながる質問」について、ずっと話をしていますが。(こんな風にシリーズにすると思っていなかったのよ)


ちょっと休憩投稿です。

旅行が好きだと書いてきましたが、旅行での気付きも ここに記録しておきたいなって思っていたので、たまに書いていこうかなって思います。


ちょうどね、今日 旅行での気付きを思い出したので。今宵は旅の話を。


タイトルの通り、このあいだハワイに行ってきました。オアフ島です。

実は、オアフ島に行くのは人生で2回目です。一度目は大学の卒業旅行でした。

今回、なぜ行くことになったかというと、お友達に誘ってもらったんです。「泊まるところはあるんだけど、来る?航空券だけ負担してもらうことになるけど」って。

今まで旅行というと、お友達と企画するか、集団のパッケージツアーに参加するかだったので、海外で 人の家に泊めていただくなんて初めてで

ずっと実感が湧かない、ふわふわの夢の中みたいな旅行でした。


現地に着いても実感が 湧かなかったくらい!笑

そんなハワイ旅。今日のお話は、「身体に感謝だなぁ」ってお話です。


ハワイに行く直前は、なんだか仕事も立て込んでいて、ずーっと慌ただしかったんです。

そうしたら、なんだか少し風邪気味になってしまって。

どうしよう、これは結構 本気であかんやつだ…!と思い、空港の薬局で 風邪薬を急遽購入したくらいには体調があやしかったんです。

ところが。
ハワイに着いたら、なぜかすっかり体調がよくなって。

なんだ治った、気のせいだったか、よかったぁ、なんて思いながら、海に入ったり ロコモコ食べたり、思いっきりハワイを楽しんできたんですね。

しかし、帰国した途端、一気に反動が…!

⁡帰国して翌々日くらいに、大事な予定があったんですが、それが済んだ後あたりから、もう調子が悪くて悪くて…。全然食べられないような状態になってしまったんです。

その時に気付いたんですよね。
ハワイにいた間、治っていたんじゃなくて、頑張ってくれていたんだなって。


主である私が 思いっきりハワイを楽しめるように。



行く前ですでに、仕事でエナジーは枯渇していただろうに、ありったけの力を振り絞って、主が楽しめるように頑張ってくれていたんだなぁって。

自分の身体って、自分のものだと思って
つい無理をさせがちだけど、懸命に頑張ってくれていた身体に気がついたら


今までどれだけ 私のために尽くしてくれていたんだろう
どれだけの尽力を 当たり前のこととして見逃してきたんだろう


って、感謝と申し訳なさが込み上げてきました。

今までも、過去にうつ病になったことがあるくらいだから、
無理をさせたことも、もう無理をさせないと決意したこともあったのですが

元気であることのありがたみを、また忘れてしまっていたなと気付いたんです。

そして同時に、体調がわるい時というのは、身体チームがそれがベストだと判断したということなのかなとも思ったんです。

体調がわるい時って、時には「なんで今なの」って思う時、ありますよね。今だいじな時なのに!って。

そういう時って、どうしても 責めてしまっていました。「うそでしょ、なんで今なの、もう少し頑張ってよ」って。

でも、実はいつも
身体は、私たち 主の最善を思って頑張ってくれていて

本当に必要な時は、力を振り絞ることすら できるんだとしたら、

身体チームが「体調不良」という選択をしたのなら、きっとそれは、「それがベストだから」なんじゃないかなって。

こんなに主想いなんだもの。体調わるかったら 主がしんどいことくらい、誰よりも分かっているはず。

だから、体調不良のときは「なんでだよ、頑張れよ」って責めたり、無理に動こうとするのではなくて

チーム身体に「ありがとう、わかったよ、ちゃんと休むよ」って伝えて、しっかり休むことなのかなと思ったんですよね。

それが、チーム身体の意見を 尊重することになるのかなって。


前に本で読んだのですが

身体の細胞の数は、世界総人口の約10,000倍(※)。

世界中で、大人から子供まで、戦争、訴訟、いさかい、喧嘩が絶えないことを考えると、その10,000倍の身体の不調和のなんと少ないことか。

例え不具合が発生したとしても、それが薬や手術で、また生きられる状態になるというのは すごいことではないか。

というような話をみたことがあったんです。

確かに、健康である状態が当たり前だと考えていると、ちょっとした不具合でも

悪いもの
欠けているもの
正しくないもの

だと思ってしまうけれど、そもそもが奇跡のようなものなんだなと。



人間が3人集まっただけで、仲間はずれや 悪口が発生することを考えたら、爪1枚 形を保っているだけでも 物凄いことなんだよな、と。

不調な部分ではなくて

身体が思い通りに動くこと。
自然に心臓が動くこと。
血液がトクトクと 綺麗に脈をうちながら流れていること。
色を感じられること。
音を楽しめること。

“奇跡のような通常” に感謝しなきゃなぁ と。


なんでこの話を今日思い出したかというと。

今日、フラダンスのレッスンだったんですが、お仲間が 手の小指を骨折してしまったということでギプスをされていたんですね。

そうしたら、「案外小指って使っていたんだな、ということに気付いた」と。

「利き手じゃない方だし。小指だし。と思っていたら、ズボンを履く時や、ちょっとした瞬間に力が入って痛いんです。」と。

「小指っていつ使うと思う?」と訊かれたら、指切りげんまんをする時くらいかなと思っていましたが

「そうなんだ…
ズボンを何気なく履いている この瞬間にも、小指はちゃんと活躍していたんだ…。

そしてきっと、小指だけでなく、薬指も中指も、腕も肘も肩も、お腹も。

全身、全パーツ総動員でズボンを履かせてくれているのだな」

と思ったら、レッスンの着替えすら、とてつもなく ありがたかったんです。

そして、「あ。」と、このハワイでの学びを思い出したんです。

思い出したってことは、忘れていたんですよね。

主のために、せっせと体を稼働させてくれている 愛すべき私の身体を、細胞のひとつひとつを、もっと感謝で労わろうと、改めて決意したのでした。

私は、身体からこんなに愛されていたんだなって、実感したハワイ旅でした。

また、旅の話、ゆるい話から気付きまで、いろいろ していきますね。

写真はノースショアで食べたガーリックシュリンプです
殻ごと食べるのか、むいて食べるのか分からなかったですが、美味しかったです♪

ノースショアのガーリックシュリンプ

(※注釈 「身体の細胞の数は世界総人口の約10000倍」について
少し古い本なので、当時の人口と、当時通説だった細胞の数をもとにした数で記載されています。今は多分、約3700倍くらいだと思われます。)

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